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東京地方裁判所 平成5年(ワ)715号 判決

原告

千代田生命保険相互会社

右代表者代表取締役

神崎安太郎

右訴訟代理人弁護士

田宮甫

堤義成

鈴木純

吉田繁實

白土麻子

田宮武文

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤亮一

右訴訟代理人弁護士

多賀健次郎

林國男

鳥飼重和

舟木亮一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し、別紙1記載の謝罪広告を同別紙記載の条件で掲載せよ。

第二  事案の概要

一  本件は、被告発行の雑誌「週刊新潮」平成五年一月七日号に掲載された竹下登元首相(以下「竹下元首相」という。)と原告との関係についての後記記事(以下「本件記事」という。)が原告が竹下元首相に巨額の不法献金を行っているかのような印象を一般読者に与え、原告の名誉及び信用を毀損したことにつき、原告が、右記事の取材記者、執筆者及び編集人・発行人の使用者である被告に対し、民法第七一五条第一項に基づき、慰籍料一〇〇〇万円及びこれに対する右雑誌の発行日の翌日である平成四年一二月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原告の名誉回復のための措置として謝罪広告を求めている事案である。

本件の主な争点は、本件の名誉毀損行為につき被告が責任を負うか、すなわち、①本件記事が公共の利害に関する事実に係り、かつ、公益を図る目的に出たものであって、その内容が真実であるか又は被告の担当者がそれを真実であると信じたことについて相当の理由が存したといえるか、②本件記事にいわゆる現実的悪意の法理が適用されるかである。

二  争いのない事実等

1  原告は、生命保険事業及び生命保険の再保険事業を行う相互会社であり、被告は、「週刊新潮」を発行している出版社である。

2  被告は、平成四年一二月二四日発行の「週刊新潮」一月七日新年特大号二二ないし二三頁の「ロビーTEMPO」欄に、「打ち止めとはいかない『竹下登』の新スキャンダル」と題して、竹下元首相と原告の関係についての事実の報道及び論評を記載した別紙2の本件記事を掲載し、これを日本全国に頒布した。

本件記事は、被告の従業員である門脇護(以下「門脇」という。)及び専属契約記者である森功(以下「森」という。)による取材等に基づき、被告の専属契約記者である中田建夫(以下「中田」という。)が執筆したものを、被告の被用者である山田彦彌が編集人・発行人として掲載したものである。

3  本件記事は、あたかも原告が竹下元首相に対して不法な巨額献金を行い、このため、将来原告の役員が特別背任罪等の罪名で東京地方検察庁の捜査対象となる可能性が大きいかのような印象を読者に与えるものであり、原告の社会的信用及び名誉を毀損した。特に、本件記事のうちの、「もともと竹下氏と神崎社長を結び付けたのは、フィクサーとして知られる画商の福本邦雄氏で、疑惑のポイントには絵画がからんでいます。融資先の街金融大手が、千代田に融資の担保に差し入れていた、世界的なヨーロッパの名画をまず担保流れにする。その絵が福本氏を通じて竹下氏に渡ったことにし、それをさらに買い戻すという複雑な方法で、竹下氏に数十億円の献金がなされたというものです(司法関係者)」との記載部分(以下「本件談話部分」という。)は、前記印象を強める原因となった。

[以上1ないし3は、争いのない事実]

4  本件記事の対象は、原告から竹下元首相への政治献金に係る疑惑についての事実の報道並びに論評である。竹下元首相は大蔵大臣及び内閣総理大臣であった人物であり、生命保険会社である原告は、大量の保険関係者に対して責任を負っているという面及び金融機関として保険契約者から付託された多額の資金を運用しているという面で、高度の公共性を有している。したがって、本件記事の対象は公共の利害に関する事実に該当する[弁論の全趣旨]。

三  争点

1  本件記事の公益性、真実性及び真実と信ずるについての相当性

(被告の主張)

(一) 名誉毀損の行為であっても、それが公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたとき、あるいは、その証明がなくても、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があったときは、不法行為は成立しないものというべきである。しかして、本件記事は、専ら公益を図る目的に出たものであるところ、以下に述べるとおり、その内容は真実であり、仮にそうでないとしても、被告の担当者がこれを真実であると信じたことについては相当の理由があったというべきである。

(二) 本件談話部分は、被告の取材記者である森が原告の中枢にあった元役員(以下「元役員甲」という。)から得た、原告が融資先の株式会社アイチ(以下「アイチ」という。)から担保として取っていた絵画(そのうちの一点はゴッホの絵画であった。)を担保流れにして、福本邦雄(以下「福本」という。)を通じて竹下元首相に渡ったことにし、それをさらに買い戻す方法で竹下元首相に数十億円を献金したという情報等に基づき、中田が執筆したものである。

被告の取材記者である門脇も、元役員甲とは別の原告の元役員であり、原告の神崎安太郎代表取締役(以下「神崎社長」という。)の動向を熟知している人物(以下「元役員乙」という。)から、右情報と類似した情報、すなわち、原告がもともと竹下元首相への仲介役をしていた画商の福本を通じて二束三文の絵画を竹下元首相から高額で買い取ることによって、事実上の献金を行うということがあった旨の情報を入手していた。

複数の元役員が虚偽の事実を捏造するとは考えられないし、原告の執行部特に神崎社長に対する、ためにする中傷とは考えられない。むしろ、右の元役員らの証言は、名門である原告の現状を憂慮しての愛社精神に基づく内部告発と考えられるのであり、その信用性は高いというべきである。

(三) 森及び門脇は、右元役員らの証言の裏付けのため、アイチ及び福本経営の画廊である株式会社フジ・インターナショナル・アート(以下「福本事務所」という。)に取材をした。森は、アイチの取材において、アイチが原告に絵画を担保として差し入れて数百億円の借入れをしていることを示す書類を入手し、福本事務所の元社員からは、元役員甲の証言を肯定する内容のコメントを得た。門脇は、アイチ及び福本事務所の取材から、元役員の証言がほぼ間違いないという感触を得た。

(四) さらに、本件記事作成当時の次のような政治・経済の状況は、元役員の証言の信用性を補強するものである。

すなわち、竹下元首相と福本とが親しい間柄であったこと、画商を経営していた福本が価格に幅のある絵画を利用して企業から政治家への献金を取り仕切っていたこと、アイチが本来の金融業に加えて絵画取引等にも意欲的に事業を展開していたこと、原告及びその関連会社がアイチ及びその関連会社等に対して絵画を担保としたものだけでも二七二億三〇〇〇万円にものぼる多額の債権を有していたこと、原告は、当時不良債権が巨額に達し、監督官庁たる大蔵省の調査、行政指導を受けていたため、政治権力の中枢にいる竹下元首相に工作する必要に迫られていたこと、竹下元首相は平成元年六月にリクルート事件で首相を辞任しているほか、「金屏風事件」、「イトマン事件」及び「東京佐川急便事件」への関与を取沙汰され、特に「金屏風事件」は絵画を利用しての闇政治資金作りの典型とされていた。

(原告の主張)

(一) 本件記事、特にその主要部分である本件談話部分が事実無根であることは明らかである。

(二) 本件記事を執筆した中田は、同僚である門脇及び森両記者の言葉、特に本件談話部分については森の言葉のみを鵜呑みにして、当然行うべき適正な裏付け取材を怠った。

その上、本件談話部分の情報源である元役員甲を取材した森は、その情報提供に至る過程が極めて特殊であり、情報提供の目的に疑問を差し挟むべきであった上、提供された情報が具体的な事実の指摘に欠ける抽象的なものであったにもかかわらず、同元役員がそうした情報を得られる立場にあったか否かについて調査したり情報の詳細を確認したりすることを怠って、その言葉を漫然と信用したものである。さらに、森及び門脇は、この元役員甲からの情報の裏付けというに足りる証拠を全く収集しておらず、他に元役員甲の証言を根拠づける客観的証拠は存しない。

本件記事掲載に先立ち、被告の「週刊新潮」平成四年九月一七日号に本件記事と同趣旨の内容を含む特集記事が掲載された直後に、原告は、被告に対し、右記事内容が事実に反することを指摘して訂正を求めた。かかる申出を受けた以上、公正な報道を求められる報道機関である被告としては、取材源からの情報の真偽について、再度吟味し検討すべきであったにもかかわらず、被告は、本件記事において、右記事掲載当時の取材源である原告の「元役員及び幹部社員」なる人物から寄せられたとする情報を何ら吟味することなく本件記事として掲載したのである。しかも、本件談話部分は「司法関係者」の談話という形態をとっているにもかかわらず、被告が常識的意味での「司法関係者」に取材した事実すら存しない。

右事実からして、被告側が本件記事の内容を真実と信じたとしても、そう信ずるに足りる相当の理由があったとは到底いえないことが明らかである。

2  現実的悪意の法理

(被告の主張)

政治的言論の自由は名誉権に優越する基本的人権であるから、公務員又は公的人物についての言論については、「名誉を毀損する虚偽が、現実的悪意をもって、すなわち、偽りであることを知っていて、又は虚偽であるか否かを無視して述べられたもの」である場合、又は、「その内容や表現が著しく下品ないし侮辱・誹謗・中傷的であって、社会通念上到底是認し得ないもの」であることを原告が立証した場合に限って、名誉毀損の責任を負わせるべきである(現実的悪意の法理)。

仮に本件記事について報道事実の真実性、相当性が認められないとしても、本件記事は、元首相・衆議院議員で現に政治権力の中枢にある竹下元首相の政治家としての姿勢にかかる事実の報道並びに論評であるから、右現実的悪意の法理の適用範囲というべきであるところ、被告には現実的悪意がないから、本件記事には違法性がなく、不法行為は成立しないというべきである。

(原告の主張)

本件記事は、その目的が被告の主張どおり竹下元首相の政治姿勢を問うものであったとしても、真実性・相当性という確立された基準が存在するにもかかわらず、あえて新しい理論を採用してまで名誉毀損の成立要件を厳しくし、私企業である原告の名誉に対する保護を著しく低下することを甘受させる合理的根拠は存しない。

また、仮に現実的悪意の法理によったとしても、被告の取材・執筆行為を見る限り、記事内容が「偽りであることを知っていて、または虚偽であるか否かを無視した」ものであること、あるいは「これが故意に又は真偽について全く無関心な態度で虚偽の事実を公表することによってなされたもの」であることは間違いなく、いずれにせよ本件の名誉毀損の成立を否定し得る抗弁たり得ないことは明らかである。

第三  争点に対する判断

一1  本件記事が原告の名誉・信用を毀損するものであることは、当事者間に争いがないが、名誉毀損の行為であっても、それが公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたとき、あるいは、右事実が真実であることが証明されなくても、行為者においてこれを真実と信ずるについて相当の理由があったときは、不法行為とはならないと解するのが相当である。

しかして、本件記事が公共の利害に関する事実に係るものであることは、被告も特に争わないところであり、本件記事の内容等に照らすと、専ら公益を図る目的に出たものと推認することができる。そして、本件の全証拠をもってしても本件記事内容が真実であることの証明があったとは認められないので、次に、本件記事の核心部分である本件談話部分が指摘している事実を被告の担当者らが真実と信じたことに相当の理由があったかどうかを検討する。

2  甲第一号証、乙第一号証、第五、第六号証、第二〇号証、証人門脇護、同森功及び同中田建夫の各証言に当事者間に争いのない事実を併せると、次の事実が認められる。

(一) 被告の「週刊新潮」編集部の記者らは、「週刊新潮」平成四年九月三日号の「佐川急便と政治家『一二人』のリストが『噴火』する」と題する特集記事で佐川急便事件を扱った際、原告が行ったいわゆるバブル企業への不良貸付について神崎社長の特別背任事件に発展する可能性があるという情報を入手したのを契機に、原告についての取材チームを編成して継続的に取材を行うようになった。

(二) 右記者らは、それぞれの時点までの取材結果に基づき、「週刊新潮」平成四年九月一七日号に、「火がついた千代田生命 不良債権『五〇〇〇億円』と検察」と題して、原告のアイチや横井英樹グループの企業等に対する融資金の回収が困難視されており、いわゆる不良債権に発展しそうな融資額は総額五〇〇〇億円近くに達し、佐川急便事件後の東京地方検察庁特捜部の捜査が原告の情実融資や不正融資の有無に及ぶとの観測が強いという内容の特集記事を掲載し、同誌平成四年一一月二六日号には「ビジネスTEMPO」欄に「千代田生命『ホテルニュージャパン』跡地競売の『裏』」と題して、原告が横井英樹の経営に係るホテルニュージャパン跡地に設定を受けていた極度額七五〇億円の根抵当権の実行としての競売を申し立てた旨の記事を掲載した。

(三) 「週刊新潮」平成五年一月七日号の「ロビーTEMPO」欄に掲載された本件記事は、右の各記事にまとめられたそれまでの原告に関する取材結果等を基にして、「週刊新潮」編集部の専属契約記者である中田が執筆した。本件記事中の本件談話部分の情報源は原告の元役員甲であり、右情報を入手したのは同編集部の専属契約記者である森であった。

3  そして、乙第五号証、第一五号証、第二〇、第二一号証、第二六号証の一、二、第二七ないし第三一号証、証人門脇護、同森功及び同中田建夫の各証言によれば、森が元役員甲から本件談話部分記載にかかる情報を入手し、森及び門脇らが右情報を裏付けるべきその他の情報を収集した経緯につき、以下の事実が認められる。

(一) 「週刊新潮」平成四年九月一七日号の特集記事の取材記者として門脇の下に配属された森は、原告の元役員及び幹部社員合計約一〇人に対して取材を試みたところ、元役員の一人である甲に取材に応じてもらうことができ、その後、平成四年一二月二四日に本件記事の掲載誌が発売されるまでの間、継続的に同元役員に対して取材を行った。元役員甲は、以前は原告の神崎社長に非常に近い立場にあり、しかも財務関係にも携わっていた人物である。

右の取材の過程で、森は、元役員甲から、神崎社長が昭和六〇年ころから原告内の堅実経営型の役員を次々に退任させ、いわゆるバブル企業への融資をも積極的に行う幹部社員を重用するようになったこと等の話を聞くとともに、同人を説得して、同人が保管していた原告の平成二年四月時点の融資先及び融資額に関する融資部資料の一部(乙第二一号証)等の内部資料の写しの提供を受け、右情報及び内部資料の写真を平成四年九月一七日号の特集記事に掲載した。

また、森は、元役員甲に対する取材において、原告が、関連企業を通じてサラ金に多額の融資をしていたことを大蔵省から咎められたため、大蔵省への影響力を強めるために竹下元首相及び竹下派に近づくことを図り、そのためのパイプ役として福本と接触し、昭和六〇年頃から平成四年頃までの間に、アイチ又はその関連会社等が原告又はその関連会社に融資の担保に差し入れていた絵画を担保流れにして、その絵が福本を通じて竹下元首相に渡ったことにし、それを原告が買い戻すという方法で、竹下元首相に数十億円の献金を行ったこと、そのうちの一回にはヨーロッパの名画であるゴッホの絵が使われたということを聞いた。

(二) これと前後して、平成四年九月一七日号の前記特集記事のまとめ兼執筆者であった門脇は、四、五人の原告の元役員や原告の幹部社員に対する取材を試み、以前原告の中枢にいた元役員で、森が取材した元役員甲とは別の人物(元役員乙)から、原告が福本を通じて二束三文の絵を竹下元首相から高額で買い取ることによって竹下元首相への献金を行った旨の情報の提供を受けた。

(三) 以前からアイチ関係者と接触のあった森は、元役員甲から得た前記情報の真偽を確かめるため、アイチにおいて経営に直接参画している人物、アイチの取引先、アイチ周辺の知人等に対して取材を行った。その結果、アイチの経営に直接参画している人物から、具体的に絵画の名称や数を特定することはできなかったものの、アイチから原告へ担保流れの絵画が出ていることを聞き出した。なお、右人物は、その中にヨーロッパの名画が含まれていたかという質問に対しては、否定も肯定もしなかった。

右取材の過程で、森は、アイチの平成四年五月当時の借入状況表(乙第一五号証)を入手したが、これには原告及び原告の関連会社からのアイチ及びその関連会社並びにアイチの経営者及びその家族に対する融資額が総額で約九〇〇億円にのぼること、その融資の一部については絵画が担保となっている旨の記載があった。また、森が元役員甲から写しの提供を受けた前記内部資料(乙第二一号証)には、原告がアイチやその経営者及びその家族に数百億円を融資している旨の記載があった。

(四) 門脇は、以前「週刊新潮」平成三年五月二三日号の「イトマン事件に『竹下元首相』を結んだ『福本イズムの遺児』」と題する特集記事で福本を取り上げた際、福本事務所に以前勤めていた人物や福本と一緒に商売をしたことがある画商等について取材を行い、その結果、福本は竹下元首相と強い結びつきがあること、福本は、献金の仲介を財界人から頼まれた場合に、絵画や美術工芸品を政治家に安く寄贈しておき、それを福本事務所を通じて高く買い戻して差額を事実上の献金にするという方法をとった例がある旨の情報を得た。

森は、元役員甲から本件談話部分記載の情報を得た後、以前福本事務所に勤務していた人物にその裏付け取材を試みた。警戒されることを避けるため、少しずつ断片的に話を聞くという取材手法をとったので、絵画の名称など細かな点についての取材はできなかったものの、原告から元役員甲の言うとおりの方法で献金が行われているという証言を得ることができた。

(五) 森及び門脇は、経済ジャーナリストで財界誌に原告に関する記事を掲載したこともある中西昭彦についても取材を行い、原告において神崎社長体制が発足して以来、原告のいわゆるバブル企業への直接又は子会社を経由させた迂回融資が増加して多額の不良債権となっているという説明を受けた。

(六) なお、証人中田建夫は、門脇や森の得た元役員甲からの情報について、他社の地検担当記者二名からも確認を得たと述べているが、これらの記者の氏名及び所属を証言することを取材源の秘匿を理由に拒絶している。森や門脇が取材を行った原告の元役員らやアイチ、福本事務所の関係者の氏名を秘匿することは、将来の取材の自由に及ぼす影響に鑑みてやむを得ないものと解されるものの、自社の記者が取材した情報を他社の記者に確認した場合に、その他社の記者が特定されることが将来の取材に影響を与えるとは考え難く、それにもかかわらず証人中田建夫が右地検担当記者の氏名や所属を明らかにすることを拒む以上、地検担当記者に対する確認取材の事実に重きを置くことはできない。

4  以上認定の事実関係を前提に、門脇、森、中田らが、元役員甲から提供された本件談話部分記載の情報が真実であると判断したことに相当の理由があったといえるかにつき検討する。

元役員甲は原告の中枢にいた人物であること、原告の融資部及び財務部の人間とその担当役員であった者しか入手することができないはずの(証人石井達郎の証言)内部資料を所持していたこと、門脇が取材した元役員乙も門脇に対して類似の情報を提供していたこと、アイチ及び関連会社等が原告及びその関連会社から絵画を担保に融資を受けていたことについては原告の内部資料やアイチ関係者に対する取材で裏付けられており、相当数の絵画が担保流れになっていたことについてはアイチ関係者に対する取材で裏付けられていたこと、アイチから原告へ担保流れになった絵画にヨーロッパの名画が含まれていたという事実についてアイチ内部の情報源が否定も肯定もしなかったこと、福本が財界人から竹下元首相への献金の仲介を行っていたことについては福本事務所に以前勤めていた人物や福本周辺の画商等に対して裏付け取材を行ったこと、原告の事情に詳しい経済ジャーナリストから原告が多額の不良債権を抱えていた事情について説明を受けたことを総合すると、門脇、森らが前記情報を真実であると信じるに至ったことには相当の理由があったというべきである。

原告は、元役員甲が情報を提供するに至る過程が極めて特殊であり、その情報提供の目的に疑問を差し挟むべきであった上、提供された情報が抽象的なものであったにもかかわらず、森が元役員甲の原告における立場及び情報の詳細について確かめることを怠ったと主張する。しかし、元役員甲からの情報提供及び内部資料の提示は取材記者である森の依頼と説得により行われたのであり、同元役員が森に情報を提供した目的に疑問を差し挟まねばならないほど取材ないし情報提供の過程が不自然であったとは認められない。また、必ずしも積極的に情報を提供しているわけではない原告の元役員に対し、説得により情報の提供を求めているという立場上、詳細にわたって問いただすことができず、入手した情報にあいまいな部分が残ることは、ある程度やむを得ないというべきであり、これをもって取材を怠ったと評価することはできない。

甲第三号証、乙第五号証及び証人石井達郎の証言によれば、「週刊新潮」平成四年九月一七日号の前記特集記事の中には、原告が絵画を用いて竹下元首相に献金をした旨の記述があるところ、原告は、右雑誌の発売直後に、被告に対し、右記述部分を含む記事内容が事実に反するとして、訂正を求める書面を送付したことが認められるが、右のような経緯があったことを考慮しても、門脇、森らが元役員甲から提供された前記情報を真実であると信じ、それを中田も信頼したことについては、相当の理由があったというべきである。

なお、原告は、司法関係者に対する取材を行っていないにもかかわらず、本件談話部分を「司法関係者」の談話であるかのように記載したことを問題にする。証人中田建夫は、本件談話部分は他社の地検担当記者に対する確認のための取材を行った上で記載したものであり、「司法関係者」とは右の地検担当記者を意味していると述べているが、地検担当記者が言葉の通常の意味において「司法関係者」に含まれると解することは到底不可能であり、本件記事はこの部分において事実と相違し、あたかも本件談話部分が検察官等によって情報提供されたかのような誤った印象を読者に与えることは否めない。しかし、本件談話部分の指摘する事実を被告の担当者らが真実であると信じたことに相当の理由があったことは既に検討したとおりである以上、その情報提供者について右のように事実と異なる記載がなされていたとしても、原告に対する不法行為を構成するまでには至らないと解するのが相当である。

5  なお、本件記事中の本件談話部分以外の記事内容で原告の名誉・信用にかかわるものと認められる部分、すなわち原告と竹下元首相との関係に東京地方検察庁特捜部の捜査が及ぶ可能性が大きい旨の記述部分に関しては、乙第二四号証、証人門脇護、同中田建夫の各証言によれば、本件記事の掲載誌が発行された平成四年一二月下旬当時、東京地方検察庁特捜部の動向に強い関心を抱いていた司法担当記者の間では右記述に副う観測がなされていたことが認められ、本件記事は右観測をそのまま記述したものであると認められるから、原告に対する不法行為とはならないものというべきである。

二  以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、本件記事が原告の名誉・信用を毀損したことを理由に被告に対して損害賠償及び謝罪広告を求める原告の本件請求は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官魚住庸夫 裁判官志田博文 裁判官市川多美子)

別紙〈省略〉

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